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  「 論説  」


交流性豊かな北海道を目指して         

北海道大学大学院教授 佐藤馨一


1. 「ドブに捨てた800億円」論争

.....苫小牧に港湾を建設する構想は、1924年(大正13)の林千秋氏による「勇払築港論」に始まる。 しかし、太平洋戦争の激化により新港建設の構想は中断した。1950年(昭和25)5月、北海道開発法が公布され、 51年7月に北海道開発局が設置されると共に、第1期北海道総合開発計画第1次5カ年計画(昭和27〜31年度)が 策定された。この計画において、わが国最初の堀込式工業港湾である苫小牧港建設プロジェクトが採択された。  苫小牧港の建設は、北海道開発の希望の「ともしび」として高く掲げられた。しかしこの「ともしび」に雪を 投げつけたのは、中谷宇吉郎北大教授(人工雪の研究で著名)であった。

.....中谷教授は1957年(昭和32)の文藝春秋4月号に、「北海道開発に消えた八百億円、われらの税金をドブにすてた 事業の全ぼう」と題する論説を発表し、その中で苫小牧港について次のように記述している。 「商業港については"苫小牧の工業港造成計画"なるものがある。この計画は外港の築造と工業都市のための内港 を造る部分とに分かれている。この計画の必然性自身が問題であるが、それを認めるとしても現在速度では、外港 にあと十八カ年を要し、内港に至ってはあと百数十年を要する。そういう国費の投資が平気で行われている点が誠 に不思議である。」著者の知名度、文章のうまさと雑誌の発行部数からして、この論説は関係者に痛烈な衝撃を与 えた。国会でも野党議員と政府委員との間で激しい応酬が展開され、国民経済研究会や日本学術振興会までが北海 道開発の進め方に批判の声をあげた。

.....苫小牧港開発を熱心に進めてきた篠田弘作氏(元自治大臣)は、苫小牧港建設の火を消そうとした中谷論説に対 して、次のようなコメントを残している(木野工:ドキュメント苫小牧港、講談社、1973年)。 「中谷博士が世界的にすぐれた学者だということは百も承知だった。名文の随筆もほとんど読んでいた。世の中に はなんでも知っている凄い奴がいるものだと尊敬もしていた。しかし、あの『中谷論文』を見て、僕の評価は一変し たね。素人が余計な口出しをして大衆を惑わすものだとカッきた。今に見ていろと思った。この港を立派に仕上げて、 目にもの見せてくれるぞ。なにくそっ、と勇気を振い立たせたね。」

.....「内港に至ってはあと百数十年を要する」と批判されたにもかかわらず、商港区における公共岸壁は1973年(昭和48) までに東、西、南、北埠頭の17バースが完成し、工業港区中央南埠頭3バース、中央北埠頭4バース、勇払埠頭5バース が76年までに概成した。1981年(昭和56)5月、特定重要港湾に昇格し、57年に堀込水路延長約10kmの苫小牧西港が完成 した。2002年の苫小牧港の貨物取扱量は外貿1982万トン、内貿7719万トンの合計9701万トンに達し、同港は日本一の港湾 に発展した。苫小牧港開発の事例は、土木事業の真の意義が理解されるまで長い時間の必要なことを示している。 ちなみに、1965年(昭和40)に刊行された「中谷宇吉郎随筆撰集」には、この論説は掲載されていない。


2. 「北海道新幹線:お猿の電車」論争

.....青函トンネルは当初、在来線規格で計画されていた。しかし全国新幹線網計画において北海道新幹線が採択されると、 青函トンネルの規格は新幹線対応に変更された。これに伴いトンネル延長が伸び、断面が大きくなり、工事費が増大した。 青函トンネルの不運はここから始まっており、青函トンネルの建設意義は北海道新幹線の開通にかかっている。

.....北海道新幹線は必要ない」と最初に公言したのは、元大蔵省事務次官であり、国鉄総裁を務めた高木文雄氏である。 高木氏は、「北海道新幹線はお猿の電車である。一度は乗ってみるが、二度と乗る人はいない」とまで発言した。 当時、新幹線の最高速度は240km/hであり、札幌〜東京間の所要時間は5時間30分になると想定されていた。航空機では アクセス、イグレス時間を入れても3時間20分程度であり、2時間以上の差があれば、航空機から新幹線への転換はあまり 期待できない。高木氏は、それまで「航空旅客の便宜を図る」と放置されていた千歳空港駅(現南千歳駅)の建設を強く 指示した。

......1987年(昭和62)4月、日本国有鉄道が分割・民営化され、新幹線保有機構が設立された。その後、既存新幹線は JR東日本、東海、西日本に譲渡され、各会社は新幹線の技術革新に全力を注いだ。現在、最高速度300km/hの「のぞみ」が 山陽新幹線を走り、JR東日本は最高速度360km/hの新幹線車両を開発している。北海道新幹線はこの車両を利用し、 東京〜大宮間や青函トンネル内の速度制限を考慮しても、4時間以内で札幌〜東京間を結ぶものである。図−1は、国土交通省 の旅客流動調査から求めた「航空機との所用時間差による新幹線選択率」である。この図によると、新幹線の乗車時間が 航空機に比べて49分長いとき(最高速度300km/hの運行)、その選択率は49.3%になる。

図-1 新幹線選択率

......北海道新幹線の新規着工は、平成15年12月に開催される予定の政府・与党会議で審議、決定される。北陸新幹線、 九州新幹線には有力な与党議員がおり、北海道新幹線の新規着工より、これらの線区を早期に完成させるべきである、 と主張している。しかし、北海道新幹線の収支採算性は北陸新幹線よりはるかに優れており、九州新幹線に比べて国土軸 形成に大きく寄与することは論をまたない。

......昨今、公共事業の見直し論議が盛んに行われているが、整備新幹線はわが国の経済再生プロジェクトとして位置づけられ、 その予算枠は優先的に取り扱われている。新幹線はエネルギー効率が高く、環境負荷が小さく、パソコンや携帯電話が自由に 使える多用途交通機関である。北海道新幹線がわが国の再生に大きく寄与し、「後世に残す最大遺産」になることを、 交通計画の専門家として高言するものである。


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